

中世から近世にかけて存続した神聖ローマ帝国では、実にさまざまな武器や兵器が戦場を彩っていました。ただし注意したいのは、帝国があまりにも広大かつ分権的だったということ。つまり、同じ時代でも地域によって「使ってる武器が違う」なんてことはよくあったんです。
この記事では、神聖ローマ帝国の兵士たちが手にしていた代表的な武器・兵器について、時代ごとの特徴や実際の使われ方も含めて整理していきます。
中世神聖ローマ帝国といえば、やはり騎士たちの時代。ここでは、彼らが主に使っていた武器を見ていきましょう。
騎士の基本装備といえばロングソード。両手持ち・片手持ちの両方に対応し、切る・突くの万能タイプでした。また、メイス(鎚)は相手の鎧をへこませて衝撃を与える武器として重宝されました。
騎馬戦ではランス(長槍)が主役。突撃時に相手を貫く武器として威力を発揮し、馬上槍試合などでも用いられました。ランスで一突き、続いて剣で近接戦というのが定番の流れです。
一般兵や歩兵の間ではクロスボウ(弩)が使われていました。訓練なしでも扱えるうえ、金属の鎧を貫通できるほど威力が高かったため、騎士階級からは「卑怯な武器」と忌避される一面もありました。
火薬の普及にともない、武器は大きく進化します。16~18世紀の神聖ローマ帝国では、火器を中心とした新たな兵器体系が台頭していきます。
火縄銃(マスケット)は16世紀以降の主力武器。重くて再装填に時間がかかるものの、射撃列(パイク&ショット戦術)と組み合わせて歩兵の基本装備となりました。
戦場ではカノン砲(大砲)が登場し、攻城戦の主役に。城壁を砕き、守備側の士気を削るのに欠かせない兵器となり、とくにハプスブルク家が運用する皇帝軍では大型砲兵部隊の整備が進められました。
銃が命中しにくく、装填に時間がかかる時代では、敵の突撃を防ぐパイク兵が不可欠。長さ4〜6メートルもの槍で密集陣形を組み、騎兵を寄せつけない防衛戦術の要でした。
武器だけではなく、防具や補助装備にも注目してみましょう。
中世後期になると、騎士たちは全身を覆う鉄の鎧(プレートアーマー)を装備するようになります。見た目の重厚さに反して、意外と機動性は高かったものの、火器の普及とともに次第に廃れていきました。
歩兵や軽装騎兵はラウンドシールドやバックラーなど小型の楯を装備していました。また兜も時代とともに進化し、目の部分がスリットになったバシネット型などが用いられました。
神聖ローマ帝国では重装騎兵が戦場の華。馬にも装甲(バルディング)をつけて突撃させる騎士戦術が重視されました。軍馬の育成や飼育も、立派な「軍事インフラ」の一部だったんです。